池井戸潤原作で6月15日公開の映画、「空飛ぶタイヤ」をさっそく見てきました。
トレーラー事故を起こした運送会社の社長が車両の欠陥に気付き、製造元の大手自動車会社と戦うという、三菱自動車によるリコール隠しに着想にした物語ですが、個人的な感想を述べたいと思います。
ストーリーなどは細かく紹介しませんので、あしからず。
目次
概要
『空飛ぶタイヤ』
(2018年6月15日より、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー)
監督:本木克英
出演: 長瀬智也、ディーン・フジオカ、高橋一生、深田恭子、岸部一徳、笹野高史、寺脇康文、小池栄子、阿部顕嵐(Love-tune/ジャニーズJr.)、ムロツヨシ、中村蒼ほか
映画の元となった事故
この映画は、ホープ自動車製のトラックのタイヤが走行中に脱輪し、歩道を歩いていた母親を死亡させてしまうところから始まります。
これは2002年1月10日、神奈川県横浜市瀬谷区下瀬谷2丁目交差点付近の中原街道で発生した横浜母子3人死傷事故に由来します。大型トレーラーのトラクター(ザ・グレート、1993年製)の左前輪(直径約1m、幅約30cm、重量はホイールを含めて140kg近く)が外れ、下り坂を約50メートル転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた大和市在住の母子3人を直撃。
母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った事故です。
全体として(!ネタばれ注意!)
▶映画『空飛ぶタイヤ』スペシャルムービートレーラー(主題歌 サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」ver.)- 松竹チャンネル/SHOCHIKUch
三菱自動車のリコール隠しをテーマにした映画ですが、これを見たからと言って「三菱は酷い」となる可能性は低いと感じます。
確かにホープ自動車が財閥系の大企業であるということは劇中でも容易に認識できますが、ホープ自動車のリコールが過去にも行われていたことが数回のセリフでほのめかされるだけで、企業体質が変わっていないということがそこまで深く感じ取れませんでした。
悪の根源であるホープ自動車の常務取締役は悪代官のように描かれていますが、ホープ自動車社員である登場人物の多くが、その体質を疑い抗おうとする役なので、リコール隠しが組織ぐるみであることが強調されていないと感じます。このあたりは現実の事件を予習してから見た方が理解しやすいと思いました。
また、リコール隠しが発覚する重要なシーンは描かれず、赤松運送はホープ自動車への家宅捜索をテレビで見て知ると言う描写になっており、疑いが晴れ歓喜する赤松運送サイドに比べ、社長が警察に連行されるシーンなどはありませんでした。
個人的にはもっと酷い企業に見せた方がパンチがあったように思います。リコール隠しが発覚し経営難に陥ったホープ自動車はセントレア自動車に救済合併され、事実上の歴史に幕を下ろすのですが、そのあたりの表現も一瞬であったため、この事件以降ホープ自動車がどうなってしまったのかをもっと具体的に描写すれば現実味があったかなと思います。(本当の現実は違いますが・・・)
エンディングはサザンオールスターズの「闘う戦士たちへ愛を込めて」がエンドロールとともに流れますが、特に映像は流れません。せめてこの辺りで廃墟になったホープ自動車のディーラーを入れ込むなどすれば個人的にぐっときますが・・・。(実際、運輸業界においては三菱車を買い控える動きが強まった)
登場車について
ホープ自動車という自動車メーカーが登場しますが、モデルはご存知三菱自動車です。しかし劇場に登場する目につく車のなかで三菱自動車を見つけることはできませんでした。
事故を起こした赤松運送のトレーラーは、日野プロフィアをベースにエンブレムをホープのロゴに変えたものです。使おうと思えば三菱ふそうのトラックも使用できたはずですが、さすがにやめたのか、それともホープのエンブレムをフィットさせるためにロゴが一番似ている日野のトラックにしたのか、謎です。そもそも映画だからと言ってトラックを大量に発注するとは思えませんので、どこかの運送会社に協力してもらったのだと推測しますが、車種も選定の対象だった可能性はあります。
出展:twitter.com
また赤松社長が頻繁に運転する社用車(自家用?)は日産ADバンをベースにしており、こちらもエンブレムがホープのものになっています。
また、常務取締役が乗っている高級車はクライスラー300にホープのエンブレムがついているという驚きのものでした。クライスラーと言えばかつて経営難に陥った三菱自動車の筆頭株主であったものの、立て続く不正に愛想が尽き、クライスラー(現ダイムラーAG)から一方的に資本提携を打ち切った過去があります。(2004年)高級車でいいならば国産車でも選択肢は数多ありますが、あえてのクライスラーなのです。
クライスラー300C SRT-8
さらにホープ自動車が販売している自動車にはメルセデスベンツGクラスをカスタムしたようなSUVや、ホープ自動車本社の正面玄関入り口にはホンダS660をカスタムしたような車が展示されていたりと、ちょいちょい垣間見える「ホープ自動車製」の車が、車好きとしては見ていておもしろかったです。本社入口に貼られていたポスターから、企業スローガンは「WE HAVE HOPE」と思われます。
ちなみに「ホープ自動車」は1950年代~60年代に実在した軽自動車メーカーで、スズキのジムニーの元となる「ホープスター・ON型4WD」の基本設計をスズキに譲渡したことでも有名です。1960年代中期以降は、遊園地向けの遊具開発に業態転換を図って成功し、2000年代前期までは大きく業績を伸ばしたものの、2000年代後期以降は経営不振に陥り、2017年に倒産しています。
一応最後に言っておきますが、見間違えだったらすいません(>_<)
なぜドラマではなかった?
池井戸潤といえば「半沢直樹」や「下町ロケット」などの社会派ドラマで大ヒットとなりましたが、この空飛ぶタイヤはなぜドラマではなく映画なのでしょうか?
実はドラマ自体は存在するものの、wowwowによる有料放送でした。民法には自動車メーカーおよびその関連会社が多数スポンサーとして存在しているため、題材としてふさわしくないと判断したと考えられます。しかし有料放送であればスポンサーは視聴者のため、踏み込んだドラマも放映可能というわけです。これは映画に対しても同じことが言えます。
しかし当然映画にすれば時間が大幅に限られてしまいます。途中で説明のナレーションを入れるわけにもいかないので、うまく凝縮させなければなりません。
三菱自動車は変わったのか?
○過ちに学ぶ研修室
2018年3月28日、三菱自動車は愛知県岡崎市の技術センター内に、社員研修施設「過ちに学ぶ研修室」を開設しています。
出展:日経ビジネス
この研修室は、燃費不正問題など過去に相次いだ安全や品質に関する三菱自動車の諸問題について、改めて学び直し教訓を得ることで社員の意識を高め、記憶の風化を防ぐことを目的に開設されました。社員は研修時、解説員の案内の下、問題発生当時の報道や顧客・社員の声をまとめたビデオを視聴し、2000年のリコール隠し以降の諸問題を時系列で解説したパネルや不具合部品の実物大モデルを見学することになっています。
○黙祷
また、三菱自動車と三菱ふそうトラック・バスは、映画のもとにもなった横浜市のタイヤ脱落死傷事故が発生した1月10日、加えて同じリコール隠しが原因でプロペラシャフトが破断し、ブレーキ系統を破壊したことによって制御不能となったトラックが側壁に激突して運転手が死亡する事故が発生した10月19日には「安全への誓い」として黙祷を行っています。
両社は過去の不正を風化させないためにも、2人の命日に毎年こうした追悼行事を執り行っているのです。
まとめ
この「空飛ぶタイヤ」を見たからといって、三菱の不正が良く分かるものではありません。2時間の上映時間ではその中身を全て表わすことは不可能です。
しかし大企業による不正を中小企業が暴く逆転ストーリーという意味では、見ごたえのある映画だと言えます。大企業がとる横柄な態度や中小企業への冷淡な対応などは、現実世界でもありがちな話です。大企業だからこそ全うすべき当然の義務を怠るとどうなるのか、分からせてくれる社会派映画です。
ちなみに現実世界では、運送会社の社長が自らトラックを運転しており、不正が暴かれた後も三菱自動車は存続しているのに対し運送会社は倒産しています。しかしリコール隠しが発覚するまで国内シェア4位であったことを踏まえると、相当ダメージを負うことになったのは言うまでもありません。
過去に何があったのかを常に意識することは必要です。しかし研修施設を作ったからと言って「なぜ不正が起こったのか」という根本的な解決にはなりません。三菱自動車はV字回復の途中にあるといいますが、開発・生産現場の能力以上の仕事を詰め込んだりしていると、結局いつか「ちょろまかす」日が来てしまいます。アライアンスではプラットフォームのシェアなどを通してコストカットが図られます。そのしわ寄せが影響して、作りたい車も作れず不正だけ発生するなんてことは、絶対あってはなりません。
自動車メーカーとは何なのかを考えるいい機会になりました。皆様も是非、劇場でご覧になってください。